姜尚中氏スピーチ(東京大学教授)

 

 

(かん・さんじゅん) 
 1950年、熊本生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、79から81年、旧西ドイツのニュンルンベルク大学に留学。国際基督教大学準教授を経て、現在、東京大学社会情報研究所教授。専攻は政治学、政治思想史。著書に、『マックス・ウェーバーと近代』『アジアから読む日本国憲法』『二つの戦後と日本』『アジアから日本を問う』『オリエンタリズムの彼方へ』など。


 姜です。昨日もここで講演をやったばかりなのですが、疲れていまして寝てたんですが新聞に僕の名前が出てたんで欠席するわけにもいかないなと思いまして。先ほど小林さんもおっしゃってたように、こちらも忙しくて仕方がないのに、電話でなんとなく話をきいていますとこれが憎めないんですね。会ってみるとこれまた憎めない。それで話を聞いていますと、鄭さんが深い認識を持っていることが、皆さんもお分かりだと思うのですが、わかってくる、鄭さんの虜になってしまう。私は、このワンコリアフェスティバルに直接関わった事がないのですが、なんとなくつられて来てしまうんですね。

 最近涙もろくなりまして、昨日の講演会の終わり頃に声明文の発表がありまして、ちょっとセンチメンタルになったのを覚えています。僕は、いまさら南北首脳会談の説明をする必要もないと思いますし、何をしゃべろうかと思うのですが、先ほど小林さんが、非常にいい事をおっしゃった。ワンコリアとは、場だ、広場、マダンであると。考えてみれば国家とはなにかということです。広場だと思うんですね。19世紀にできたこの国家と言う魔力に惑わされて、20世紀実験をやってみたところ、だいたい一億から一億五千万の人が死んだわけですね。クリミア戦争の時が全部で30万ですから、一億五千万と言うと20世紀といいますか、キリストが生誕して以来、2000年の間のなかで無残な死に方をした人たちの数を上回ってるんじゃないか。そのような大変な時代を過してきた国家というもの。それに対して南北というのは、常に二律背反で、国家を持ちたいという気持ちと国家にどんなに蹂躙されてきたか、という二律背反の歴史だったと思うんですよね。今、僕は夢なんですけれどもワンコリアフェスティバル、このワンコリアというあるべき21世紀の朝鮮半島の姿を先取りしてきたんではないかっていう気がするんですが、それは、広場、出会いの場、それは単にコリアンだけではなくて、ハーフであれクオーターであれイルボンサラムであれ、朝鮮半島に何らかの関わりを持ちたい人々が自由に出会う場であればいいと思うんですよね。そして、英語しかしゃべれない在米コリアン二世たちとの出会いの場。

 普通の人として出会う。国家というものを出会いの場にしてほしいなと思う。ワンと、プルーラル、多様なものが融合するような、それは国家といえるかどうかわかりませんが、そんな夢を持ってもいいと思うんですよね。そうするとこの南北首脳会談は政治的な祭りではなくて、あの半島となんらかのかたちで縁をもっている全ての人たちが参加できるような。ワンコリアフェスティバルが始まって十数年経ちますけども、本当に時代を先取りしていたなと思いました。初めて鄭さんにお会いしてワンコリアというのを聞いた時に、この人はなにを話してるんだろうな、と思ったのが正直な印象だったのですが、僕は、先ほどの沢さんのお話じゃないけど、政府の分割した思考に慣らされてしまっていたんですよね。そういう意味で私は、単に二つの国家が一緒になることではない、広場、色んな人々が出会う場。それは色んな記憶を持った人々が出会う場であると思うんですよね。私は、今の大学に移る前に、1996年12月に移ったのですが、そのころ、肺を悪くしまして、いま務めている大学の病院に緊急入院したんですが一応命は取り留めて、よかったんですが、ちょうどその頃、尊敬していた方が死んだとNHKで聞いて、他の人に聞いたらあの大学に入ると殺されると、今度は僕の番か、あの大学病院は止めておけと聞いたんですが。ま、仕方なく、そこで意識朦朧で二週間くらいいたのですが、一番感じてきたのは記憶でした。

 自分の1世との記憶がよみがえってくるんですよね。僕は、ナショナリストという言葉は好きではないのですが、自分がなんでそういう風になるのかというのは記憶なんじゃないかと思うんですよね。記憶は自分を支えもし、ある時は呪縛となって、なんで俺がオヤジの子として、しかも熊本というど田舎で生まれたんだろうな、と思いましたが。そして今自分が父親になって、記憶というもの、色んな記憶を持った人があの朝鮮半島で合流する場であると思うんですよね。だからワンコリアフェスティバルというのは、人々の出会う場がそして記憶がそこでなにかぶつかりあって、記憶がまたなにかハーモニーを描く。ですから、私達がウリナラと言う言葉に込めている言葉は、国家というものに蹂躙された民族の中で、これほど悲惨な歴史を歩んだ民族はそうはいないと思うんですが、そういう手垢にまみれた呪詛すべき国家、それをそのまま受け継ぐのではなく、広場として、人が出合い記憶が錯綜して、いろいろな物が波紋を広げていく。そういう場としての朝鮮半島であってほしいなと思うんですよね。

 先ほど黒田さんが、自分は60歳で後何年生きられるか分からないとおっしゃいましたが、金大中大統領は今、70代半ばになるんでしょうか、彼も何年生きられるか、その時彼は虚無になるわけですが、でも歴史の中で自分が何をしているのか、彼は多分分かっていると思うんですよね。自分が存命中に統一することはないと思いますし、今ワンコリアというのは、遠い遠い彼方にある我々の目標になるわけですけれども、今、さしあたり敵対的な依存関係から、共存的な依存関係へ、平和的な共存関係へ、そこで自由に人々が出入りし、そこで記憶がいろんなかたちでハーモニーを描く、そういう場であってほしい。やっぱり僕は在日に生まれてよかったと今思うんですね。私達には夢が与えられていると。そんな事を今日ふと思いました。



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