料理から世界が見える
対談 道場六三郎氏 VS 周富徳氏
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料理を作るのは人の精神
私は周さんも道場さんもテレビでしか拝見していないのですが、食材や調味料とかいろいろなものを、その地方でお求めになってお使いになると伺ってます。そういうところはまったく保守的じゃなくて、新しいものをどんどん取り入れてらっしゃいますよね。周 道場さん、最初中華の食材から使ってたんだよね。ピータンとかアキレス腱とか。
道場 実はね、今度本ができるんです。「伸びる男とダメな男はすぐわかる」ってやつ(笑)。その中で周さんとの出会いが書いてあるの。周さんよくツバメの巣を持ってきてくれたりしてね。
周 道場さんうまいアレンジするからね。ツバメの巣とかキヌガサタケとか渡してね。
道場 周さんにはずいぶん中華のこと教わったしね。
周 誰でもできるってわけじゃなくて、やっぱり性格よ。うまく利用しなきゃ逆効果になっちやうからね、質をわかってないと。やってる人はいっぱいいるんだけどね。無国籍料理とか、そんなの今全部ダメだもんね。基本的にはおいしくないとダメなんだよ。使えればいいってもんでもない。
ただ取り入れるだけではなくて、その素材や調味料を、たとえば道場さんの場合、和食にどう活かすかということですね。
道場 昔は魚も豊富だったし、野菜も本当に自然でいいものばかりだった。それが戦後はハウス栽培になったり魚がだんだん獲れなくなって外国からの輸入ものが多くなったでしょ。そうなってくると今までの日本料理の味つけとか料理方法では食べられない。
周 今、一年中トマト食えるもんな。子どもの頃ね、なすは夏近くならないと獲れなかった。トマトも夏のフルーツみたいに食べてたし。今は一年中あるけどしまりがないね。
昔は水に冷やして食べてましたものね。
周 そうそう、冷やして塩ふってフルーツみたいに食べてたね。きゅうりもそう。
お味増をつけただけで本当においしくて。少し苦みがあって。その辺の本当においしい素材や調味料を知っていたり見たときにわかったりするのが、おふたりのおふたりたる所以だと……
道場 それと、ぼくはやっぱり料理をつくる人の精神じゃないかってね。さっき周さんと話した、ものを大事にするとか、ものを捨てないとか。
周 そうね。無駄にする人はダメよ。たいしたことない。
道場 絶対に伸びないね。
周 調理場に行くとボールいっぱいのチャーシューの切れっばしを捨てちゃってるんだよ。普通はね、切れっぱしをチャーハンに使ったりするんだけど、小さいからつくりにくい。だから見てないときに捨てちゃうんだよ。あれ、自分で商売したら店潰すね。
生かせるものは生かしきりなさいということですか。
道場 そりゃそうだよ。なんで店をやっていけるかというと、そういう始末の仕方が上手だからだよ。そういう切れはしが一流の料理に生まれ変わると思ってやっているから。
周 われわれが喜んだのは、まかないのおかずつくるときだよ。勉強になるからね。厨房でまかない当番がぐるぐる回ってくるんだよ。電話で出前を取っちゃったりするとがっかりするんだよね。ろくさん亭では取らないでしょ、道場さん怒るから。
道場 今まで取ってたの。ばかたれって怒ったよ。たとえばうちの魚は全部生きた魚だから、おつゆにしても何にしてもおいしから本当の味がわかるのに、何だってミンチコロッケなんか買ってきたりするのか。
周 道場さん、今の若い人、あんまりおかずできないね。
道場 へたくそだよ。今のチャーシューの切れっばしなんか細かくみじん切りにして、ネギの青いとこを細かく刻んで白菜も刻んでおいて、ごま油で妙めて味つけて、汁が出てきたらそれにとろみつければ、いいものができるでしょ。そんなことをやればいいのにね。
周 ぼくはね、おかずで認められたの。経営者である親方もいいもの食べたいから、誰が一番いいおかず、おいしくて高くないものつくれるかを見る。それでぼくは飛び越しちゃったのよ、何人か。格上げだよ。
料理を通して 生き方を覚えていく おふたりは世界中の国に行ってますよね。
周 いろんなところへ行ったけど、韓国の南大門みたいなところはいいねえ、まさに市民の台所だね。
道場 市場とか入っていくの、楽しいね。食材見るのがね、一番楽しい。
周 その地方地方のね。だからいつも朝市つれて行ってもらうんだよ。
道場 こんなにいいものがある、しかもこんなに安いってのを発見したときはやっぱり嬉しいね。料理に使いたいなって。
そういうときの素材を見る目と、いいものを使っていいお料理をつくりたいっていうところに、料理人としての醍醐味があるんじゃないかと。
道場 でもね、素材がいいか悪いか、目利きのできない人もいるのよ。
周 ただ単に言われた通りにつくっているだけなんだよね。
それでは料理人ではなくてお勤め人ですね。
周 そうだね、お勤め人多いんだよ、今。やっぱり力入れなきやダメだよ。やるぞってがんばんなきゃ。
今までやってきたことを踏襲して守っていくのも大事なことだと思うのですが、新しいものにどんどんチャレンジしていくことが大切なんですね。
道場 伝統というのはね、先輩の言うことをまねするだけの伝統じゃ滅びちゃう。その伝統に、自分の生きた才気も創造も取り入れてこそ永く生きてくるものなんじゃないかな。ただまねするだけじゃ、とんでもないものしかできない。今、環境問題だとか何とかの影響で食材も変わってきてるんだから、それに適した料理方法じゃないといけないっていうのは当然だよ。
周 確かに食材が変わってきてる。昔はそのままで何もつけなくてもおいしいものがいっぱいあったけど、今は工夫しなけりやダメな時代になったね。
道場 この間ニューヨークに行ってきたんだけど、ほうれん草ひとつにしてもね、野菜に力がある。日本の野菜は全然味がないの。向こうはやっぱりまだ土が生きているのかねぇ。
周 道場さん、あそこの野菜は中国人がつくってるんですよ、みんな。中華街なんか行くと日本以上に野菜あるよ。行った、チャイナタウン?
道場 いや、行ってない。でもホテルやレストランを覗いて食べさせてもらったけど、やっぱり色がちがうね。
周 うん、ダイナミックだね。
道場 日本の野菜はダメ。土が酸化してんじゃないかな。化学肥料ばっかりやってるからね。料理だけじゃなくてね、日本なんか特に甘えて育った本当に弱い若い人たちばっかりだよ。
野菜と一緒ですね。
道場 まだまだ景気なんか良くなると思えない。こういった中で弱い連中は貧乏に慣れてないから、すぐにおかしな犯罪に走ったり、変な方へいっちゃう。ぼくみたいに戦争で物がなんにもないときを知っている人間は、たとえば千円あれば家族全員が食っていける生き方を知っているわけ。今の人たちはそういう知恵がない。だからね、料理を通してでもそういう生き方を覚えていかないとね。安くても食べていけるものって、結構あるのよ。そういうことを覚えると、ずいぶん人間が卑屈にならないで、俺は絶対生きていけるんだって自信が出てくるからね。
周 今の若い人は加減を知らないんだよ。われわれの時代も喧嘩はしたし、わるさもしたけどかわいいもんだったよ。今は恐ろしいもんね。
道場 平気で殺人もしてしまう。
周 もう温室育ちになっちゃってる。トマトじゃないけど。
道場 それから親があんまり子どもに勉強しな、勉強しなって言ってもいけないよ。
周 そう、これはいけない。やりたいって言ったらやらせればいい。
おふたりはお料理は最初からやりたいと?
周 うん、おれは好きだった。小学校三年の頃からチャーハンだけは自分でつくってた。中学生からもう親父と同じ仕事しようって決めてたの。もう、そのときからバイトやってたよ。中華街の親戚の店で、月に六千円くらいだったかな。で、おいしいもん食えたから。食材だけはいっばいあったからね。
道場さんは?
道場 ぼくは魚屋になりたかったの。魚屋って外回りするでしょう。リヤカー引いてね。魚屋ってね、昔は全部仕出しをやったからね。刺身切ったり焼きものやったりして。結婚式場なんてなかったから、法事とかも全部自分とこでやって、魚屋がケータリングですよ、出張して。それで段々料理にむすびついて。
将来は料理人になろうと決めてらしたのですか。
道場 うん。だから若いうちに料理を勉強しようって。
今これだけ皆さんに知られるようになっても、それでもまた新しいことへのチャレンジを続けておられる。
道場 毎日毎日なにか考えて、ぼくなんか「日日にあらた」だね。何も考えないでただやっているやつは、ダメな料理人だね。
周 料理人は反射神経とか判断力だね。人が五コやってんのに一コっていうのは、何の仕事でも一緒だけどダメだね。反射神経っていうか回転、とっさの判断だよ。あれがなかったらこれを使おうとか。
その辺の臨機応変さが足りない。
道場 ぼくなんか、そこにボンと野菜があるとね、大体一分間くらいで五つくらい料理を考えちゃう。そういう習慣がついてるのね。これやっぱ鉄人のせいかな(笑)。「今日のテーマは何!」とかね。韓国の料理っていうのは野菜たくさん使うでしょ。
結構ふんだんに使いますね。
道場 一番いいのはね、冷蔵庫に入ってる野菜を全部入れて、生のときにいろんな調味料を放り込んでさ、じゃあキムチが残ってたらそれも入れる、ごま油をちょっと入れる、で生のときによく混ぜて蒸し焼きにしちゃえばいいのよ。そうすると五〜六分でくつくつできるから。うまいと思うよ。
人間はもとはひとつ
お話をいろいろ伺っていると、お料理というのはその人の生き方とか考え方とか本来もっているものが非常によく表われるわけですね。人間の総合力みたいなものが出るという・・・・・・。道場 そう。「料理人て何だ」と言われたときにはっきり答えられる料理人て少ないんだけど、料理人っていうのはお客さんに喜んでもらえる料理をつくることよ。そういう前提があればこそお客様を迎えるときにも明るい声で「いらっしゃいませ」が言えないといけないだろうし。
周 帰りに「ごちそうさま」って喜んで言ってくれるときが本当に嬉しい。まずかったら何も言わないもん。
道場 それは悲しいよね、料理人にとって。
その料理を通じての出会いというのも。
道場 あるよ。ぼくね、この前香港のある人のとこへ行ったの。そこのおばあちゃんが日本人をすごく嫌いで、顔も見たくないって部屋に閉じこもっちゃってね。ぼくは料理をつくるって言って、ナポレオンフィッシュみたいな魚、山薮眉りを蒸し物だとか唐揚げだとか刺身風にしてみたの。息子さんがおばあちゃんを呼んでやっと出てきてね、それで食べてるうちに顔がほころんできて、帰るときにはニコニコ顔。玄関まで送ってくれたの。やっぱり料理っていうのは心を開かせるものがあるんじゃないかな。
周 食べながら打ち合わせとか、よく食事を利用するのは中国人だけど、食事が一番いいよ。中国人は接待は自分の家に招いての食事だし。
在日の人も家に行くと「ごはん食べてきたの? ごはん食べていきなさい」というあいさつからまず始まる。
周 中国人の夜の挨拶も「食事しましたか?」だよ。
道場 そういえば松茸の時期に韓国に行って、それから北のぎりぎりまで行ったことがあるんだけど、機関銃もって見張ってた。板門店のぎりぎりまで行ったんだけど、「ああやばいぜ」って大変だったの。
周 補まったら大変だもんね。
道場 あの時分はね、北へ行った人はね、南行くとき審査が大変だったの。だから北へ一度行ったら南へ行けなくなっちゃったらしいんだよ。
周 今は中国人もOK。南へっちゃら。
中国の東北地方なんかは韓国の会社とかがずいぶん進出してるらしいですね。
周 この前、ビールの有名な青島(チンタオ)行ったけど、韓国の企業がいっぱい入ってた。
朝鮮が早く一つになって「やばい」なんてことがなくなるといいんですが。
周 朝鮮はもう少し時間がかかると思うよ。中国と台湾とどっちが……、どっこいかな?
道場 ドイツが東西の壁がなくなっても、あれでやっぱり非常に苦労してるよね。
周 しょうがないね、差がなくなるには時間かかるよ。
道場さんが松茸をとりに山に入られた。するともう北と南と地つづきですよね。松茸にとっては北も南も関係ないわけですよね。
道場 松茸ってね、北の方、寒い国の方が虫喰いが少ないのよ。日本でだって、岩手とか東北の松茸は虫喰いがないけど、京都だとかは虫がついてる。そのかわりに匂いがいいのよ、虫のつくやつは。香りがいい。
周 匂いがいいから虫がつくのね。
道場 そうそうそう。だからね、どっちもいいところもあるしそうじゃないところもある。
最後に日本料理と朝鮮料理と中国料理の特徴みたいなものをひとことで言うと?
周 そんなに大幅には変わらない。ただ親から代々の調理法が違うってだけで素材は一緒だし。だから国境はないよ。今はもう調理も国境がない。でも無国籍料理みたいに何でもというのははダメ。同じような素材を使ってもどうやって特徴を活かすか、だよ。
道場 朝鮮料理は世界的にあんまり ピーアールされてなかったんだけど、すごい合理的でいいものをもってますよね。一番いいと思ったのは、生のときにいろんな調味料を絡ませてやる方法ね、これはすごい。中華は干す知恵。干すとなんであんなにおいしくなるんだろうね。日本は島国で水がいいことと魚が豊富だったから、今でも生で食べられるものが多いでしょ。そういった点で日本は「水の料理」って言ってもいいんじゃないかな。中華は「火の料理」って感じがする。
周 朝鮮料理は「スタミナ」「元気」って感じがしない?
最後に、在日あるいは海外のコリアンに何かメッセージをお願いします。
周 いろいるな国に行っているけど、ロスでもハワイでもどこでも朝鮮の人がいる。同時に中国人もいる。それで中華街のようにかたまりをつくってるんだ。ニューヨークもそう。中国人もそうやっていろいろな国に行って、そこの国の人たちより働くから、ああいう風によくなっちゃうんだ。みんな一緒よ、朝鮮だけじゃなくって世界中が。親の時代にがんばって成功してるね。僕は中国人二世だけど、僕らの親の世代は苦労したよ。僕もそうだね。でも今の若い人は親の後継ぎだから、あんまり油断しないでしっかりがんばんないとね。そういう時代になってきたんだから。
道場 人間、もとはひとつでしょう。ひとつのものから分かれて枝になってきた。それを踏まえて許す心というのを皆がもたなきゃいけないんじゃないかな、寛容に。やさしい許す心がなければ、やっぱりひとつにはならないね。そういった意味で相手の痛みがわかったり、相手のことを理解できるようなものの考え方をもたないと。調理場で若い衆だけが汚い仕事やつらい仕事ばっかりやってるんじゃなくて、上の人がゴミを捨てたり、重いものもってたら手伝ってやろうかって、そういういたわりの心をもたないとね。みんなでやろうという気持ちをもって、それから自分のことだけを考える気持ちは捨てて全体的なことを考えるくせをつけるといい。すると小さなお店でも明るくなるし、国だって同じじゃないかな。そういう心を豊かにする教育を、親は子へしないといけないだろうね。
今日はいろいろとおもしろい話を聞かせていただいてありがとうございました。
--司会/梁裕子(ヤン・ユジャ)
都立高校卒業後、独学で朝鮮語を学習。
「朝鮮画報」記者を経て、現在は東京新宿に
韓国家庭料理店「ぱらんせ」を経営。
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